特攻隊員に覚醒剤 特攻隊員にヒロポン

転送   岡田良子

特攻隊員に覚醒剤ヒロポン外道の証拠
「チョコに包むの見た」証言から元教員が追跡(47NEWS)

 太平洋戦争末期、米艦に零戦機などで突っ込み、時に軍神とあがめられたり、

に「無駄死にだった」と切り捨てられたりもした特攻作戦の悲劇。出撃前の特攻隊員

は覚醒剤「ヒロポン」が与えられていた。この問題は真正面から研究された様子がな

が、大阪の元中学教員の相可文代さん(71)は、勤労奉仕で覚醒剤入りのチョコ
レー
トを包む作業に従事した女学生の実体験を知ったことをきっかけに独自に調べ、この

ど冊子にまとめた。
 覚醒剤と知らされず服用し命を散らした若者らの悲哀と、上官や国家体制の無責任

。志願制とは名ばかりの死への強制の中で、最後には薬物も使った特攻作戦はまさに

統率の外道」(大西滝治郎海軍中将)だ。「祖国に命をささげた美談のように語られ

が、実際には覚醒剤による高揚感に満ちないと敵艦には突入できなかった」と相可さ

。「実証」にこだわった研究を、冊子の記述と相可さんの言葉からたどる。引用は原

のままとした。(共同通信=真下周)
 ▽「一口食べてカッと体が熱くなった」
 2016年9月、相可さんは平和学習会で戦争体験者から思いがけない話を聞い
た。
「兵隊さんに送るチョコを包む仕事と言われ、プレハブ工場に連れて行かれました」

チョコを一口食べ、カッと体が熱くなったのを覚えています」
 大阪府高槻市在住の梅田和子さん(90)は、1945年の春、茨木高等女学校
(現
在の府立春日丘高校)の学生だった。父は弁護士で、大阪市内の裕福な家に生まれ
育っ
た。空襲がひどくなり、祖母と高槻に疎開していた。
 隣の同府茨木市にあったゴルフ場は陸軍の食糧補給機関になっていた。備蓄用の食

品が保管され、ここから戦地に運ばれていった。市内の山間部に海軍関連の倉庫とし

建設された地下トンネルにも、特攻隊が出撃前に食べるための覚醒剤入りのチョコ
(チ
ューブ型)が保管されていたようだ。
 茨木高女には、食糧補給機関の支所が置かれ、校舎も軍需工場として稼働してい
た。
運動場の片隅に小さなプレハブ小屋が建てられ、梅田さんは包装作業をしながら勤労

仕の女学生らを監督する任務に就かされた。
 女学生らは15センチほどの棒状のチョコバーをクラフト紙で包んでいた。チョコ

ーには菊の御紋が付いていた。初日、梅田さんは上級生らに校舎の屋上に呼び出さ
れ、
「これを食べろ」と迫られた。戦時中は裕福な家庭でもめったに食べられなかった
チョ
コ。一口食べるとカッと体が熱くなったことを今でも鮮明に覚えている。上級生らは

特攻隊が最後に食べるもので、何か入っているみたい。食べたからにはおまえも同
罪。
先生にはゼッタイに言うな」と口止めした。
 ▽恐ろしい「機能性食品」
 教員として生徒を送り出してきた身近な高校で、過去にこのような出来事があった

とに相可さんは衝撃を受けた。背景や実態を調べようと思い立ち、最初に参考にした

が「50年前日本空軍が創った機能性食品」。陸軍航空技術研究所(東京・立川市)

研究員として戦時中、航空隊の携行食開発に従事していた岩垂荘二氏が93年にまと

た著書。ヒロポン入りのチョコの話が記されていた。
 43年ごろ、ナチス・ドイツ空軍がヒロポン(覚醒剤)入りのチョコを製造し、飛

士に食べさせ効果が上がっているとの報告があり、上官である川島四郎大佐から「す

につくって補給したい」と命令され、棒状のヒロポン入りチョコをつくり、特別に補

したという。「今考えると、とんでもない、おそろしい機能性食品である。(中略)

れも戦争という残酷な状況のなせるわざであろう」と岩垂氏は回想している。
 ヒロポンは大日本住友製薬の前身の大日本製薬が開発した覚醒剤の商品名だ。戦争

、兵士や夜間勤務者らの間で「ヒロウ(疲労)がポンと回復する」との効果で知られ

いた。戦後民間に出回り、大量の中毒者が若年層にも出たことで51年に制定された

醒剤取締法により厳格に規制された。
 ▽注射で「勇躍機上の人に」
 相可さんは「『名将』『愚将』大逆転の太平洋戦史」(新井喜美夫著)に「かつて

者は某製菓会社の重役から聞いたことがある。そこではヒロポンが大量に供給され、

りをチョコレートでくるみ、菊の紋章を刻印したものを、定期的に軍に納めていたと

う」というくだりを見つけた。梅田さんの経験と一致した。
チョコ以外にも覚醒剤はいろいろな形で提供されていたようだ。ミュージシャン大貫

子の父親大貫健一郎少尉は、鹿児島・知覧基地から沖縄特攻に出撃した時の話を記し

いる。「菊の御紋が入ったタバコ、沢の鶴の二合瓶…(中略)…。長距離飛行の途中

眠くならないようにとヒロポン入りの酒まで用意されており、『元気酒』と名づけら

ていました」(共著書「特攻隊振武寮 証言・帰還兵は地獄を見た」より)という。
 「(チョコやタバコの)菊の紋章を見た特攻兵たちは、自分たちへの天皇の期待を

じ取っただろうし、覚醒剤効果で恐怖心はかなり軽減されていたのでは」と相可さん

推測する。
 「突撃錠」と呼ばれていた丸薬を飲み「腰の軍刀を振り回しながら、離陸していく

官もいた」との証言を記したノンフィクション作品(日高恒太朗作「不時着」)も
あっ
た。「特攻とは」(沓名坂男著)に収められた元白菊特攻隊の一等飛行兵曹の手記に

「定刻になって出撃隊整列、(中略)腕をまくり注射、今まで酒でふらついていた身

がみるみる立ち直ってくる。その内にシャキーッと酔などどこへやら、神経は昂り身

から闘志が湧いてくるのを感じる。そして水盃をいっきに呑み干し、その盃を地面に

きつけ、勇躍機上の人となる」と記されている。
 出撃前に整列して杯を飲み干し、杯を地面にたたきつけるシーンは、2013年1

月に公開された映画「永遠の0(ゼロ)」でも、印象的な場面として描かれている。
 ▽後遺症に悩まされた元操縦士
 「重い飛行機雲 太平洋戦争日本空軍秘話」(渡辺洋二著)には、戦後、覚醒剤の

遺症に悩む戦闘機の元操縦士が取り上げられていた。首都圏を夜間に空襲する米軍の

29爆撃機を打ち落とす任務のたびに“暗視ホルモン注射”を軍医官に打たれた。
「眠
気もよおさず、妙に頭が冴えわたり、帰投後は強い睡眠薬を定量よりも多く服薬して

理に横になるときもあった。また、食欲の減退もはっきり現れてきた」
 戦後、通勤の満員電車で奇妙な感覚にとらわれた。「押し合いながら乗っている周

の人々の手や鼻が、自分の目に飛び込んでくる感じ」。40年ほども症状に悩まされ

けた。症状がよくなってから数年後、かつての軍医官が現れ、暗視ホルモンの正体は

ロポンだったと告げ、謝罪したという。覚醒剤は人体をむしばみ、生き残った人に
も、
取り返しの付かない影を落としていた。
軍国主義教育で染め上げられた社会の中で、徹底的に粗末に扱われた若者の命と対照

に、上官や軍部の無責任さも浮かび上がる。「最後の一機で必ずおまえたちの後を追

」と部下を鼓舞しながら、敗戦となると「後始末も大事だ」と言葉を翻し、戦後を長

生きた上官らもいた。
 ▽『永遠の0』(百田直樹作)の危うさ
 特攻隊を考える時、相可さんの頭にはいつも映画「永遠の0」の存在がある。「映

館には若い人がいっぱいで、終了後には感動のため息が漏れていた。私は非常に複雑

気持ちだった」と述懐する。優秀なパイロットを死なせる特攻作戦のまずさ、軍司令

の愚かさは表現されていたが、「死」を受け入れる心情の美しさ、自ら犠牲になる気

さが強調されることで戦争責任をあいまいにし、日本がやった戦争への反省から目を

けている、と厳しく批判する。
 相可さんは1950年、三重県生まれ。大阪府摂津市の小学校教員となり、84年

ら定年退職の2010年まで中学校で社会科を教えてきた。
 忘れられない体験がある。ロールプレイを見て「日中戦争は是か非か」を生徒たち

判断する授業を見学した。最初は「非」の立場の生徒が圧倒的に多かった。だが「戦

はやむを得なかった」論が展開されると、オセロのように意見がひっくり返ってい
く。
立場を変えた生徒らは「納得できた」と生き生きした表情を見せ、最後まで「非」を

明した少数の生徒たちはしょんぼりしていた。
 「是」の理屈が「非」を上回る“説得力”を持っていると痛感した。「戦争はダ
メ、
平和は尊い」と情緒に訴えるやり方では不十分で、「非」を表明した子どもたちを支

る論理が必要だと悟った。相可さんがリアリズムに徹する原点はここだ。戦争の実相

伝え、なぜこうなったのか事実から論証することを肝に銘じてきた。
 「いつの時代も右側の人もいるし、左側の人もいる。しかしほとんどは真ん中にい

人たち。その人たちがどちらの側につくかで世の中は変わる」。退職後、教科書問題

取り組み、戦争を美化しようとする言説に徹底的に目を光らせてきた。国内外の情勢

時代状況で、雪崩を打つように中間層が「戦争やむなし」の言説に傾斜し、好戦論者

生んでしまわぬよう引き留めるのが役目と自任する。
 調査を終えた今、こう語る。「戦争で命の奪い合いを兵士にさせる時、国家権力は

酷なことをする。隊員たちは死を前に苦しんでいた。面目もあった。(果たさぬこと

)家族に累が及ぶことも考えた。彼らの心情にウソはなかった。普通、命は惜しいも

。異様な興奮状態にならなければ自らの命を絶つことはできない。美談がいかに危険

論理か。特に若い人には、きちんとした歴史認識に結びつけて考えてもらいたい」
 相可さんが著した冊子「『ヒロポン』と『特攻』 女学生が包んだ『覚醒剤入り
チョ
コレート』 梅田和子さんの戦争体験からの考察」は、1冊500円。
 連絡はo-fumiyo@kdt.biglobe.ne.jp