第一部「公立保育園民営化問題を考える」
明星大学教授 垣内国光さん講演
- 家庭保育と保育所保育は同じか
一昔前まで人々は、育児は親が全面的に見るのがいい、保育園を必要悪、と考えていた。しかしその後は、集団保育の方が家庭のみでの保育よりずっといい、家庭だけで育つ子より、より豊かな発達環境が保障されると理解されるようになっている。みんなで食べる保育園の給食は家の昼食より栄養的にも充実している。保育園で最も大切なのは「遊び」です。 保護者の願いは「元気で思いやりがあって賢い子に育ってほしい」ではないだろうか。
- まず 「 元気」について考えてみましょう。「健康で生き生き」育つためには、子どもが遊びきる、徹底的に遊ぶことが保証されていることです。粘り強く集中してツルツルの泥団子をつくる、連携プレーを楽しめる、自分の発想で何か創ろうとする。そのためには、遊ぶ仲間と、一緒に遊んでくれる遊びのプロがいることが必要
- つぎに「思いやり」はどうしたら育てることができるか考えてみましょう。思いやりとは人の気持ちがわかることですが、そのためには心と心が響き合う場面をたくさん共有できる集団保育の環境が必要。
- 最後に「賢い子」です。文字や数を覚えさせるのは手段に過ぎない。本当の賢さとは、人と人が伝えあう力ではないか。集団の中でたくさん遊ぶことがやはり知的発達にとってももっとも必要なこと。
保育の質とは建物や見栄えの良い保育などではない。子どもを丸ごと一人一人の違いを分かり合い信頼し合える関係性です。人を信じることのできる環境のこと。 世の中には「礼儀正しく根性ある子を育てる」保育方針を持つ幼稚園もあるが。子どもがゴロゴロ、ダラダラが保障できる保育園であってこそ。大人は礼儀正しく行儀よくと常に願うが。
■家庭育児と保育はおなじではない
集団保育には、人を信じる力、子ども同士で育ちあう力、忍耐力、楽しむ力、ダラダラする力がある。‘何かができる’ということにこだわりすぎるのはダメ。
同時に保育は、親が地域に根差す場であり、地域コミュニティの拠点であるべきです。保育の本質は、子どもの心をひらき、子どもに寄り添い、子どもと共生することだと。子どもの悩み・問題は解決できなくてもいい。とにかく丸ごと受け止める。解ってもらえるという経験は信頼関係の基礎です。子どもは聞いてもらえることで安心し、信じる力になる。
■保育の質は公立園の方が保証されている
公立園の保育士は公務員。長く勤め続けることで磨かれていく専門性が確実に存在する。民間園の保育士の平均勤続年数は6~7年。小学校の先生の平均勤続が6年しかなかったら皆さん不安ですよね。その小学校教育と同等場合によってはさらに専門性の高い保育士がなぜ、そんな程度しか勤められないのでしょうか。
民営化すると公立園の正規職員は園には残れない。非正規雇用の保育士だけが民間園に残るケースが多いが子どもは傷つく。中途民営化では、突然いつもの保育士が別の人に入れ替わることになる。子どもにも自分の処遇を知る権利がある。子どもは民営化の最大の被害者。
■もちろん頑張っている民間保育園もある
しかし多くの場合、民間園は経営上の問題から経費を削減するために保育士の待遇にしわ寄せが行き、保育士が保育に情熱を注ぐ余裕が少ない。だから多くの場合、民営化で保育の質は低下する。
最近は公立園でも行政が経費削減を図り、保育士の非正規化が進められている。住民には見えないが、すでに全国の公立園保育士の7割近くが非正規雇用になっている。
都内でも3~4割が非正規保育士になった。
■民営化にどう対応するか
公立園は自治体の条例によって設置されている(議決できめている)のだから、民営化するには議会が個々の民営化を議決して条例化の手続きが必要。利用保護者の同意がない、反対があるときは、利用者の利益侵害を正当化する合理的な理由と、利益侵害を補う措置が講じられなければ民営化できないのが正当である。民営化を糺す訴訟をいくつも保護者が起こしている。
*2009年11月「中途民営化被害を申し立てた訴訟」の最高裁判決例
『入所途中の子どもは、保育期間が満了するまでは元通りの保育を受けることを期待する法的地位がある。』
しかし行政は、入園承諾書に「中途民営化を承諾する」をいれて保護者に印を押させている。職員労組のあるなし、労組の力量、行政の柔軟性(世田谷区など)、強圧的行政によって扱いに大差が出ているが。行政には説明責任がある。
ただし、行政は「説明会はしました」とアリバイを作りたがる。そのときには利用者は「わかるまで説明会をやって下さい」と言うべき。
行政が「もう決まったこと。もう子育て支援計画書に載っているから反対してもムダですよ」などと言われると、住民は情報が限られているから黙り勝ちになってしまうが、それは事実ではない。住民に反対されるのが怖くて嘘を言っている。行政が何を言おうと議決(議会)されていないことは決定ではない。
「老朽化」「耐震性に問題あるから」も民営化の口実に利用されている場合が多く、耐震性はすでに補強されている場合が多い。
■民営化への対処法
① 利用者、父母にはものをいう権利がある。行政の情報不開示、形式的説明会、などには議員と提携して暴く必要がある。
② 公務員内部にも問題がある
「公務員は政治的活動ができない」というのも違法。公務員の政治的活動とは、特定の人や特定の政党を選挙のために推すことを助けるのがダメであって、民営化反対の署名も駅前の活動も違法ではない。
③ 委託先民営園の選定基準を保護者側がきちんとつくらせる
民営化がやむを得ない場合も、どのような民営化にするのかの基準を作らせ公開すべき。
父母会の自由を確保するのは大切。保育は父母と園との連携であるべき
- 民営化の嵐はまず地方から始まった 今、東京が民営化の嵐のなかにある
行政が民営化を進めたくとも、まっとうな社会福祉法人は今ほとんど余力がない。そのため、営利法人の受託が増加している。営利法人でその保育の質が高く評価されているところはほとんどない。同じ社会福祉法人でも要注意のところがある。
低給与かつ過酷労働条件の民営園では、保育士不足で正規職員は少数、あとは非正規職員の寄せ集めになってしまう。国、行政は「市場化して競争させるほど質が高まる」というが、これは幻想 。
経費削減で一度破壊された公的保育は簡単には元に戻らない 。行政は安易な民営化より先に、待機児童対策を責任を持ってやるべき 。安倍政権が言う「3歳以上児の保育料無償化」も問題あり。
■子どもはえらい!
我々大人はたまには仕事を休みたいと思うが、あの子たちは偉いですね。毎日保育園に行ってくれます。それも喜んで。そんな子どもたちに恥じない父母・保育者でありたいですね。 (第一部 完)
第二部 フリーディスカッション
司会: 第二部は質疑と自由発言の時間です。
Q: 公立園に入れている親ですが、「民営園の方が給食がいいし融通がきくからいい」とも聞いていますが。
垣内先生: 答えにくいですね。よい保育をめざして設立された民営園はあります。それは最近の民営園需要の増加で作られる園とは違う。民営園は質の幅がいろいろ。これから民営化されるなら、よい民間園に委託されるように、選定委員に父母と、利用者側の立場を考えられるまともな専門家を必ず入れるように要望しないと。選定委員会の公開、議事録の全面開示なども必要。
松尾議員: 杉並区の選定委員会は全て非公開。委員に保護者代表二人は入れても、開催時間や膨大な調査資料チェックなど家庭と仕事の合間にするには保護者委員の荷が重すぎる。委員会での議論を公開、と区は言うが、数時間以上の議論がA4紙1枚のみで出され、開催日時と参加人数等だけで肝心の議論の内容は見られない。
Q: 区立上井草園では民営化選定委員会が2回開かれ、1回目は19時から夜中24時までもやって何も決まらなかったが、開示された議事録は紙一枚のみ。一回目の話し合いで出した父母からの条件が、2回目の会ではゼロ(白紙)に戻っている。
Q: 区立杉並園は上井草園の1年遅れで民営化を進めている。保護者の多くは、民営化の意味・違いがよく解っていない。だから反対の声も上げにくい。でも頑張って1000筆以上の署名を区に出したが何にもなっていない。今は選定基準を上げてもらうことに注力しているが。杉並にはこれまで選定ガイドラインがなかったが、やっと粗造削りの公募要項ができた。これによると、「園長は7年以上の保育経験者」とされているが、公立園は、保育経験13年以上で主査試験を受けられる資格が出来、主査になってからさらに数年でやっと園長になる。民営園ではわずか7年でいいのか。職員配置も5年以上の保育経験者が公立園では8割以上必要となっているが民営園は5割いればいいとされている。これで保育の質を確保できるのか。
民営化になると建物は同じでも保育士が入れ替わり、新しい保育士に子どもがとまどう。新規申込なら自分で選べるが、区立を選んで入園したのに中途民営化では変化を自分で選ぶ自由がない。9月に役所の紙一枚配られて一方的に民営化を言われた。区はずるくなって、今では入園応募用紙に「途中での民営化に同意します」という項目があり、これに○をつけないと応募できないようにしている。
垣内先生: 行政に都合のいいことを勝手に推し進めてしまう現状、我々に見えない情報・計画事実を「きちんと知らせろ」「もっと知りたい」と利用者の声を大きくする状況に変えていきたい。
杉並区のガイドラインはひどい。しかし経験5年以上の保育士を半数確保は今は難しい条件。手を上げる業者が少ないから選定が限られてくる。だったら民営化をするな、させるな、ですね。保育は民営でなく、行政の仕事の根幹として公営でやれ。
しかし杉並保育園の父母方はよくぞガイドラインを見直させるまで頑張ってこられました。大変なご苦労です。
Q: 上井草園で選定委員会を2回もやったのはなぜ?
松尾議員: 要項では、委員会で60点以上取らないと業者が決まらない。でも一回目は全業者が60点以下で失格。そこで区長が、「この結果は反対派が極端な悪点をつけたからだ。今後は極端な悪点は省くように」と言い、委員会をやり直し、一回目に60点以下だった業者が選ばれた。
垣内先生: あやしい選定委員会で無理やり決められた園は、質のいい園とは言えない。また、行政側が選ぶ学識経験者の選定委は、行政に都合好い点をつけがち。住民側が選べるといいが。
金馬先生(横浜国立大学教育学部教授): 教育と社会哲学が専門。民営園の経営は経済の論理で動くが、保育は教育の論理で動いて欲しい。民営園は市場での競争、経費削減のために非正規職員の雇用が多くなる。経営を数量化(人数、広さなど)で示すことが公正、とされがち。さらに「金さえ払えば、いいものを提供」という場合もあり、格差問題が生じる。保育は 競争でなく思いやり・共同・協力を主にして、格差をつけてはいけない、弱者を守れる保育でありたい。子どもはいつも頑張っているわけではない。「ちょっとダラける」「ちょっと隠れる」も大事。も一つ、公立は支配・管理という政治の論理でなく民主主義を貫く保育を。
大泉町保育士: 町には公立が三園あり、民営化の話はまだ聞かない。民営化になる前に学びたくて参加した。保護者は民営化の意味を知る情報がない。子育て支援課の役人と現場職員の感覚が大きくずれている。現場の保育士は50年来の保育に自信と誇りを持っている。例えば、羊の毛刈りとその毛でポシェット作り、用水でザリガニや小魚とり、小刀で木を削って自分用の剣(アイヌ文化)作り、など自然の遊びを楽しんでいる。経費削減第一でなく、保育には必要な金をかけ、そうして育った子が国を良くしていく。だから今の保育を守っていきたい。
大泉町の保育園長: 子どもを自然の中でのびのび育てたい。10年前、太田市との合併問題の時に民間委託の話が出たが、町は合併を拒否。しかし、民営化案は水面下で進んでいるかも。民営化を保護者と一緒に考えたいので、今日はいい学びになった。
Q: 大泉町での保育が羨ましい。杉並では今、公園をつぶして保育園を増やしている。民間園には園庭がないものが多く、公園はたくさんの園との共同利用なので、区の公園つぶしはきつい。
山田区議: 区は財政難というが、杉並区は今年度も34億円を貯め、計470億円を溜め込んでいる。民営化の理由に財政問題はない。
Q: 民営化で選ばれた某社会福祉法人園での例。民営化でそれまでの保育士が一人もいなくなったとき、20人以上の子どもたちが新しい保育士がどういう人かを見るタメシ行動を始めて園が荒れ親からのクレームもつのり、困った園が保護者に気に入られるために夜9時半までの保育を受け入れたりした。中途民営化は子どもを動揺させ、それを鎮めるために保育士も苦悩する。クレームを出す親の要望に応えようと、保育士が無償で頑張ることになり保育士にとっても大変きつい。
Q: 3歳児には保育者の変更はとてもきつい。引継ぎ保育をしてもなかなか大変。
民営化は、子どもと保護者だけでなく、職員にも園長にも大きな負担となっている。
垣内先生: 貧しい自治体では、行政が民営化を言っても引き受け手がない。
2004年に公私立園運営費の1/2を補助していた国が、その補助を止めてしまった。安倍政権は2018年度からの3歳児までの民間幼保園の費用無償化を言うが、その分、公立園への補助金が減ることになり、いいことではない。
垣内先生: とにかく公立保育園を守るのがいい。すでに全国12000か所あった公立園が8000か所に減らされた。すさまじい勢いで民営化が進められている。
杉並区民には地域住民の力があり、これまで反対運動ができているが、地方では難しい。たとえ民営化になっても、どこまでも「子どものため」を考えていかないといけない。 保育者が足りないなら、60代のジジババ保育園もあっていいかも。現代の老人、特に女性は元気な人が多い。元気な60代を加えて、良い園を作っていくということも含めて、とにかく子どものために考えたい。 (第二部 完)
以上